猫岳

2008年6月15日 (日)

猫岳~本当の最終話~

猫岳~本当の最終話~

「えびまる王、大変です大変です」
えびまるが犬のぬいぐるみを枕にして寝ているところへレオが駆け込んできました。
「むにゃ、むにゃ……もう食べられないよう……」
「なに寝ぼけてるんですかっ!」
レオはえびまるの背中にぎゅう~っと爪を立てて、
「大変なんですっ!」
「なに~、変な鯛なんか食べないぞぅ……」
「変な鯛じゃなくて、た・い・へ・ん・なんです」
「ん~、代返っていうのはひとパパに聞いたことがあるなぁ。してもらったことは100回で、してあげたことは2回なんだって」
「なあ、レオ。代返って何だろう?」
「代わりに返事することでしょ……そんなことどうでもいいんです。大変なんです」
「テレビ見てたらね、ちょんまげのひとが、親分、てぇへんだ、てぇへんだって言ってたよ」
「てぇへんじゃなくて、大変なんです……ん? その、てぇへんなんです」
「そうなのかぁ、そりゃぁ大変だねぇ、レオ。わはは」
ようやく、からかわれていることに気づいたレオは面白くなさそうに顔をしかめていましたが、まあいつものことです。

「ノラックのことなんです」
「ノラックって、青い鳥だっけ?」
「……青い鳥?」
「クッククック、クッククック~青い鳥~♪」
「えびまる王、40歳以上のひとにしか分かりませんよ、それ」
「で、ノラックがどうしたの?」
「しかも全然ダジャレになってないし」

「で、ノラックがどうしたのかなぁ~? レオ」
「はい。えびまる王の代わりに元の世界に行くことになったでしょ」
「うん、そうだったね」
「ノラック、生まれ変わったんですけど、えびまる王の家とはずいぶん遠い所で生まれちゃったんです」
「ほえ」
「しかも、猫お母さんはのらなんですよ」
「ほえ……、うーむノラックという名前を付けたのが悪かったかなあ?」
「どうしてですか?」
「だって~、ノラックってノー、ラック。ツキがない」
「お~、今度はまともなダジャレです。パチパチパチ……って、のんきにダジャレ言ってる場合じゃないです。虹の泉を見に行きましょう」

虹の泉を覗くと、キラキラしたネオンがたくさん見えてきました。
「レオ、知ってるか? あのキラキラした所はお酒を飲むところなんだぞ。ひとパパが大好きなところだ」
「えっ、じゃぁ、えびまる王のひとパパさんがあそこに来るんでしょうか?」
「う~む、どうだろうね。あぁいうところっていっぱいあるからねぇ」
「あ、えびまる王、あそこです。あそこ。あのビルの隙間にノラックがいますよ」

見ると、シャム猫のようだけれども、マークのところが縞の美人猫が子猫たちにお乳を飲ませています。3匹の男の子と2匹の女の子。みんな美しいキジトラです。
3匹の男の子のうちの1匹がノラック。虹の泉から見るとちゃんと分かるのです。

えびまるとレオは毎日、虹の泉を見に来ました。何も起こらずに1ヶ月過ぎたころ。

猫ママが子供たちに話をしています。
「アタシの猫ママはね、それはそれは美しいシャム猫だったのよ。ひとの家にいてね、とても幸せだった。でもね、庭に遊びに来るのらに惚れちまったのさ。猫ママは家出してアタシを産んだの。でも猫パパは浮気者でさ、アタシが生まれるとどこかに行っちゃったんだって。だけど、猫ママはひとママの家に帰らずにアタシを育ててくれたんだ」
子猫たちはきちんと座って話を聞いています。
「猫にはね、ふた通りの生き方があるの。アタシと同じようにのらとして生きるか、ひとに貰われて、ひとの家で生活するかのね。アタシはのらを選んだ。この辺りが好きだしね。飲み屋で働いているひとは良いひとが多くて食べ物にも困らない。暑い日や寒い日もあって、雨が降ると嫌だし、時々は嫌な人間もいる。だけど、なんたって自由よね」
ノラックが首をかしげて、
「ねぇ、ママ。ひとと暮らすっていうのは暑くも寒くもなくて、雨も降らないの?」
「そうね。アタシも猫ママに聞いた話でしか知らないけれど、ご飯に困ったこともなかったし、雨にも濡れなかったらしいよ」
「ねえ、そしたら、ママも一緒にひとのところに行こうよ」
「ダメよ。アタシにはできない。そうしたら、あんた達の猫パパにはもう会えないもの」
そう言うと、猫ママはちょっと離れたところの塀の上にいる大きなキジトラのオス猫を見て、パチッとウィンクしました。

「あんた達はもう乳離れしたんだから、自分たちで考えて選ぶの。のらがいいなら、あまりひとに見つからないようにすること」
猫ママは少し間を開けて、こう続けました。
「そしてね、ひとの家に行きたかったら、良さそうなひとを見つけて、最初は少し離れたところから、にゃって鳴くの。そのひとが気づいて、笑顔で呼んでくれたら……猫好きだったらそうするからね……近づいていって、首をかしげて、すごく小さな声でにゃって鳴くの。それでイチコロだから」

ノラックの頭の中には、微かな記憶がありました。でっかい茶トラ猫が『ボクの代わりに……』と言っている記憶。
ノラックは、そうか、ボクはひとの家に行くんだ。そうなんだ。そう思いました。

そして、ビルの隙間から出て行くと、「にゃぁ」と大声で鳴きました。
「あら~、かわいい子猫~」通りかかったおばさんがすぐそばでしゃがみ込んで、頭を撫でてくれました。
「にゃ」ノラックは首をかしげて小さい声を出しました。

「えびまる王のひとママって、あのひとなんですか?」
レオは眼を輝かせてえびまるを見ました。
「違う……」

「子猫ちゃん、ウチに来る?」おばさんがノラックを持ち上げました。
ノラックの兄弟たちが道路のそばまで見に来ました。
それに気づいたおばさんは、
「あら~いっぱいいるのねぇ……みんないらっしゃい」
そう言うと近くに捨ててあった段ボール箱を組み立て始めました。
4匹の子猫がビルの隙間の奥を振り返ると、猫ママは何も言わずに見つめています。
塀の上の猫パパを見ると
「この人間なら、大丈夫そうだぞ」と言って、大きなあくびをしました。

「あぁ、えびまる王、みんな箱に入っちゃいました……」
「そうだねぇ……でも、まあ、これでもいいんじゃないのぉ」
えびまるとレオはその後もずっとノラックを追いかけて見ていました。
ノラック達はおばさんの家に行くと、写真を撮って貰いました。そして、おばさんはその写真をパソコンで送っています。

「ほほぉ、そういうことか。もう大丈夫だ。レオ」
「どうしてですか? あれは何をしてるんですか?」
「レオ、ボクはね、猫だけどブログっていうものをやってたんだ。だからインターネットには詳しいんだ」
「医者の卵を捕まえる網ですか?」
「なんだ、それ?」
「インターン・ネット……」
「23点」

みなさん、もうお分かりですね。ノラックはちゃんとえびまるのひとパパとひとママの家に行くことになりました。

ねこの国。
「えびまる王、良かったですね。……でも、えびまる王が帰らなくて良かったんですか?」
「なあ、レオ。憎まれっ子世にはばかるって知ってるか? ボクが帰るのはこの次でいいんだ。それにさ、ここで、レオにダジャレの神髄ってのを教えてやんなきゃならないし」
「そりゃぁ、しんどいですねぇ、…しんどい…しんずい……」
「15点……これじゃ、この次にも帰れそうにないな」

猫の国にみんなの笑い声が響き渡りました。

-----命名 『天衣無縫丸』
Ten001

天衣無縫丸。 略して「てんまる」です。
そのうち「てんまるのブログ」も始める予定ですが、
当分は「酔眼写真塾(猫の穴)」で成長の様子をお伝えします。

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2008年4月25日 (金)

猫の国3-04

Ebi121
【このお話は続きです。初めての方は「猫岳1-01」から読んでください】

4)
 猫の国には、虹の泉と呼ばれている小さな池があります。とても透き通った綺麗な水で表面は鏡のようです。
この泉を覗くと、こちらの世界が見えます。少しのんびりしたくて、帰らなかった猫たちも時々ここにやってきます。そして、元の世界のひとパパやひとママやひと兄弟や、猫友達の様子を見るのです。
ここで元の世界を見て、前の王様のようにまた帰ることにする猫もいます。いつでも好きな時に戻れるのです。違う猫に生まれ変わってなので、前のひとパパやひとママは気がつかないかもしれないけれど、でもちゃんと戻れるのです。モモのように。

 いろいろな猫がいます。例えば、帰っても毎回のら猫になる猫です。
「そりゃぁ、猫の国は腹もへらないし、ひどいことをする人間もいないし、雨も降らないし、寒くも暑くもなくて快適だけどよ、やっぱり、あれだな、自力で生きるっていう、あれがいいんだな。うんうん」

 毎日毎日、虹の泉を覗き込んで、いろいろなところを見ている猫がいました。
ある日、
「おっ、見つけた。うひょぉ」と叫ぶと、元の世界の入り口に飛んでいきました。
なにが見えたんだろうと見てみると、そこにはとても綺麗なメス猫が映っていました。

くすっとレオが笑いました。
えびまるは、がはははははと笑いました。
何だ? 何があった? 大勢の猫たちが集まってきて大笑いです。
みんなの笑い声がいつまでもいつまでも猫の国に響きわたりました。

(終わり)

-------------------
えびまるが亡くなって落ち込んでいるとき、友人がブログに、えびまるは猫岳に行って修行をするのだと書いてくれました。どんな修行なのだろう? と、そのブログのコメントに書き始めたのがこの話です。だんだん楽しくなってきて、ここで続けるようになりました。

思いつくままに書き飛ばしてきたので、プロットのようなものです。きちんと仕上げて、またここか、ホームページにでも全文を載せることにしようと思います。

と、いうことでこのブログはしばらくお休みします。えびまるのひとパパ(じゃんぼよしだ)のブログにも遊びにきてください。のら猫写真とバカ話炸裂のトコロですけれど……

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2008年4月24日 (木)

ねこの国3-03

Ebi120
【このお話は続きです。初めての方は「猫岳1-01」から読んでください】

3)
「えびまる王、えびまる王、起きてください。仕事ですよ」
お付き猫3匹が起こしにきました。
「う~、お腹痛いから休む」と、えびまる。
「あ~、もう、何度言ったら分かるんですか。お腹が痛いわけないでしょ。もう死んでるんだから」
3匹のお付き猫たちは、無理やり犬のぬいぐるみをえびまるに着せました。
「わぁ、えびまるさん、すごいすごい。みんなすごく怖がりますよ」
レオが拍手をして褒めると、
「そうかぁ? えへへ、いっちょやったるか」えびまるはその気になったようです。ひとりでどすんどすんとシャドーボクシングを始めました。

「今度の王様は単純だな」
「レオ君は扱い方を知ってるみたいだな」
「うんうん、レオ君には王様と一緒にいてもらおう」

さあ、えびまる王の初仕事です。犬修行場では説明が行われています。
ドアの後ろでレオがえびまるに
「がんばってくださいね」と言うと、
「まっかせなさーい。体当たりでみんなぺちゃんこにしてやる。うひひ」
なんだか嬉しそうです。
レオにはえびまるが王様に選ばれた理由が分かるような気がしました。

係員猫がえびまるに合図をして、ドアを開けました。
えびまるは、ドスンドスンと四股を踏んで、部屋に入っていきました。
「きゃぁ」「うひゃぁ」猫たちが逃げ惑います。
えびまるは、猫たちをうまく追い立てて一箇所に集めました。そうして、ひとかたまりになってぶるぶる震えている猫たちの真正面でギロリと見回すと、両手を広げて、まるで熊のように立ち上がりました。

「うわぁ、こりゃすごい」
「うーむ、さすがだな」
お付き猫や係員が感心して、ドアの覗き穴から見ています。
「ボクだったら、絶対に気絶してます」と、レオ。

 熊のように立ち上がったえびまるは、ここで、とどめだと考えました。
そして大声で、
「にゃぁーーーーーー」

どどどどど……ドアの向こうで、こける音が聞こえました。

(続く)

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2008年4月23日 (水)

ねこの国3-02

Ebi119
【このお話は続きです。初めての方は「猫岳1-01」から読んでください】

2)
「ここが、えびまる王の部屋です」
お付き猫がドアを開けて、えびまるとレオが先に通されました。
「ぎゃー、犬だぁぁぁ」レオが叫んでえびまるの後ろに隠れて、えびまるのお尻にぎゅーっと爪を立てました。
「さっきの犬だ……。でも動かないぞ」
レオが恐る恐る覗いてみると、犬はふにょっとしていて、確かに動きません。
「当たり前です。ぬいぐるみですから」お付き猫が言います。
「ぬいぐるみ?」
「はい、ここは猫の国ですよ。犬がいるわけないでしょう」
「でも、さっきはあの犬、動いてた……」レオは不思議そうにお付き猫を見ました。
「王様が中に入って、犬の役をしていたのです。明日からはえびまる王が入るんですよ」
「ほぇ? 王様って偉いんじゃないの? どうして王様がそんなことしなきゃならないんだ?」えびまるが不満そうな顔をすると、
「いいですか? そういう他猫が嫌がることをするから、王様は偉いんです」
「ほぇ……」えびまるが分からない顔をしているので、3匹のお付き猫が次々に話し出しました。
「私たちは猫ですよ。みんななまけものに決まっています」
「何もしなくていいのが、猫の国のいいところ」
「王様が偉いのはみんなが嫌がることをするから」
「何もしないで偉そうにしているのは人間くらいのものです」
えびまるが、あわてて、
「あー、君達、だれか王様にならないか?」と聞きましたが、
「まっぴらごめんです」
「それでは、私たちは昼寝してきますから」
そう言って出て行ってしまいました。

「あれだけでっかいと、そうとう怖そうな犬になるだろうねえ」
「うはは、明日から来る猫たちはかわいそうだね」
そんな話をしながら。

レオはびくびくとぬいぐるみに近づいて、ちょんちょんと触っていましたが、
本当にぬいぐるみだと確認すると、
「うわぁ、えびまるさん、すごくよく出来ていますよこれ。ちょっと着てみませんか?」と、持ち上げて見せました。
「うー、明日でいいよ。明日で。それより、ご飯ご飯」

えびまるとレオはお腹いっぱいご飯を食べて、ぐっすり眠りました。

(続く)


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2008年4月22日 (火)

ねこの国3-01

Ebi118
【このお話は続きです。初めての方は「猫岳1-01」から読んでください】

猫岳 第三章 「猫の国」

「腹へったよう」
王様になったえびまるが王冠をだらしなく斜めに頭に乗せて、へなへなと座ってずうっとぶつぶつ言っている間に、猫たちはみんな元の世界に戻るか猫の国へ行くのかを決めて、それぞれのドアに行きました。
残っているのはレオと王様の付き猫3匹だけです。
「さあ、えびまる王、行きますよ」
「腹へって動けないよう」
「まったく、何言ってるんですか。腹なんか減るわけないじゃないですか。気のせいですよ気のせい」
「ほぇ? 気のせい?」
「猫の国には食べ物もあって、味もするし、おいしいですけれど、食べるのは趣味みたいなもので、食べなくたって死にません。当たり前でしょう? もう死んでるんですから」
聞いていたレオが言います。
「ボクは一生懸命でお腹のこととか忘れてましたけれど、そう言われてみるとお腹空きませんね」
「さぁ、行きましょう」お付き猫の一匹がえびまるの王冠をまっすぐに直して言うと、
えびまるはしぶしぶという感じで立ち上がりました。

 猫の国へ入ると、そこは一面の草原。
猫草や猫じゃらしの草原。どこまでもどこまでも続いています。
ところどころに木が生えていて、草むらや木の枝や木陰で猫たちが気持ち良さそうに昼寝をしています。
そして丘の上には白いお城。

(続く)


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2008年4月14日 (月)

モモ2-08

Momo04_2
【このお話は続きです。初めての方は「猫岳1-01」から読んでください】

8)
 アタシには分かったの。この人だって。ごつい体で角刈り頭の怖そうな人だけれど、でも分かった。この人のところに行くんだって。だからアタシは男の子の腕からぴょんと飛び降りて、その人の足元にすりすりってしたの。そしたら、その人はしゃがんでアタシの頭を撫でた。アタシはせいいっぱい背伸びをして、膝にすりすりってした。


「お帰りなさい、あら、猫?」彼女の顔が輝いた。
「うん、そこの公園で、小学生の男の子がいてね……」
説明しながら、猫を渡すと彼女は慣れた手つきで抱いて鼻を擦りつけた。
テレビでニュースが始まった。
『5月19日、今日のニュースです…』
はっとした。ボクシング記念日だ。モモが帰ってきた。そう思ったけれども、自分はこう彼女に言った。
「名前、付けてくれる?」



 猫の国の虹の泉。小さな泉を覗いている2匹の猫がいる。
鏡のように澄んだ泉には、暖かい灯りの部屋で若い男女に代わる代わる抱かれて、撫でてもらって、お腹いっぱいになって、喉をごろごろさせている白い小さな猫の姿が映っている。

「良かったなぁ、な、レオ」
「はい。本当に。モモさん、ちゃんと戻れましたね。えびまる王」

(第2章モモ 終わり)

-----------------------------------

あまり推敲もしないで書き飛ばしてきましたので、かなり雑な文章になってしまいましたが、お楽しみいただけましたでしょうか? おかげさまでランキングボタンもたくさん押していただいています。ありがとうございます。


この後第3章に続く予定ですが、少しお休みします。

もしも、登場させたい猫さんがいましたら、名前とどんな性格だったかをお知らせください。お約束はできませんけれど、この後のお話に入れてみます。


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2008年4月13日 (日)

モモ2-07

Momo03
【このお話は続きです。初めての方は「猫岳1-01」から読んでください】

7)
 5月病というやつだ。自分には自信があった。営業でもなんでも男の中の男に出来ないはずはない。軟弱男などに負けるわけがない。そう思っていた。
入社して1ヶ月間、自分の指導役は茶髪のホストみたいな男だった。一緒に得意先を回ったのだが、彼は取引先で仕事の話など全くしない。それどころか受付や事務の女性とくだらない話をして笑っている。こんなヤツなどすぐに追い越せる。そう思った。
5月になって一人で営業に回り始めたのだが、話を聞いてすらもらえなかった。
こんなはずはない。そう思って気合を入れれば入れるほど空回りする。
ただ、今日は金曜日だ。毎週金曜日は彼女が夕食を作りにきてくれる。彼女の作る食事は美味しい。彼女との会話は楽しい。少し元気になって家路を急いだ。

 小さな公園の角を曲がると卒業と同時に引っ越した新しいアパートが見える。普段は暗い窓しか見えないが、今日は電気が灯っているはずだ。
暗くなり始めた公園のベンチに座っている小学生くらいの男の子に目が留まった。白くて小さな猫を抱いている。
気がつくと、声をかけていた。
「かわいい猫だね」
男の子はびっくりしたように自分を見ると、
「ここにいた。連れて帰ったら、お母さんが戻してこいって」

(続く)


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2008年4月12日 (土)

モモ2-06

Momo02
【このお話は続きです。初めての方は「猫岳1-01」から読んでください】

6)
 気が付くとアタシは小さな公園でにゃぁにゃぁ鳴いていた。早くだれかに見つけてもらわないとお腹が空いて死んじゃうかもしれない。
にゃぁ、にゃぁ、力いっぱい呼んだ。
しばらく鳴き続けているとランドセルを背負った男の子がやってきた。
「あっ、子猫だ」そう叫ぶと男の子は駆け寄ってきてアタシを両手で持ち上げた。
アタシは男の子の両手にすっぽりと隠れるくらい小さかった。
頭の中で『違う』っていう気がしたけど、すごくお腹が空いていたので、アタシはその男の子の鼻をチロっと舐めてあげた。
「真っ白いんだね。小さいね。お腹空いてるの」
そうアタシに話かけながら、男の子は家に向かって歩いた。

「ただいまー、お母さんお母さん」
「お帰り」
男の子がそっと両手を前に上げて「お母さん、猫」と言った。
「何、その猫」
「公園にいたの。お腹空いてるみたい」
お母さんはしばらくアタシを見ていたけど、
「ダメ、家では飼えないわよ。ご飯あげてもいいけど、公園にもどしてらっしゃい」
そう言うとアタシのことも、男の子のこともいっさい見ないというように、台所に向かった。

(続く)


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2008年4月11日 (金)

モモ2-05

Sora01
【このお話は続きです。初めての方は「猫岳1-01」から読んでください】

5)
 モモの息子がいる2軒隣のおばさんが、ペット葬儀場に連絡して、全て手配してくれた。自分は言われた通りにそこへ行きモモを見送った。晴れ渡った青空に煙突からゆらゆらと透明な水蒸気のような陽炎が登っていった。帰りに空を見上げると、さっきまでは雲ひとつ無かった空に白い綿雲が浮かんで夕日に赤く染まっていた。

甘えたくなるといつも膝にタッチした右手の骨と、時々自分の手を甘咬みした歯をロケットに入れてペンダントにした。バイクに乗って海まで走った。
「モモ、これが海だ。始めてだろう?」
砂浜を歩いた。
「モモ、でっかい猫トイレだ。どこでしてもいいぞ」
砂浜に寝転んだ。
夏の太陽がまぶしくて涙が流れた。止め処なく流れた。
自分は男の中の男だ。強い。関東大学選手権3位の実力だ。でも、立ち直れないかもしれない。そう思った。

 翌年の4月、無事に卒業した自分は就職した。そして彼女ができた。人間の、だ。
当然だが、彼女から告白してきた。卒業式の日だった。
「先輩、去年の夏頃から変わりましたよね。なんだかやさしい感じに」
1年後輩の彼女はそう言った。男の中の男はやさしさだって持ち合わせているに決まっている。気付くのが遅いのだ。
きっかけはというと、年末に、ちょっとやっかいな講座のレポートで困っているのを知って、アドバイスをしてやった。どのゼミに進むべきかの相談にも乗った。もちろんただそれだけのことで、自分からアプローチなどしたわけではない。
彼女は実家に猫がいると話した。自分はモモという猫がいかに素晴らしい猫であったかを教えてやった。話していると涙が出そうになったのにはびっくりしたが、我慢した。
モモの話を聞いている彼女の顔はとてもやさしい笑顔だった。

(続く)


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2008年4月10日 (木)

モモ2-04

B10
【このお話は続きです。初めての方は「猫岳1-01」から読んでください】

4)
 モモはのんびりした猫だった。紐の先を結んだだけの即席猫じゃらしは大好きだったけれど、走り回ってじゃれつくようなことはせず、座ったまま手だけで遊んだ。自分の膝の上が好きだった。膝に乗ってすぐに寝るので、動けなくて足が痺れた。夜は首の上に乗って寝た。ちょっと苦しかったけれど冬は暖かかった。

 桃の季節が2回過ぎて自分は4年生になっていた。就職の面接に行ったその日は暑かった。自分は男の中の男であり、どのような厳しい仕事であろうとやり抜く自信があると堂々と述べた。帰りにはもう受かった気になって、来年からはモモに毎日上等なご飯を食べさせてやるのだと、電車で想像した。まだ半年も先なのに駅前の不動産屋でペット可の貼り紙を探した。

なのに。

 その日の夜、動かなくなったモモを膝に抱いて号泣していた。美しい毛並みに涙が何粒も何粒もこぼれて落ちて染み込んだ。
もっともっと遊んでやればよかった。一番高い猫缶、一度くらい買ってやればよかった。気恥ずかしくてペットショップで本物の猫じゃらしを買えなかった。
もっと、もっと……。
ごめんね。ごめんね。ありがとう。ありがとう。

(続く)

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2008年4月 9日 (水)

モモ2-03

Cat049
【このお話は続きです。初めての方は「猫岳1-01」から読んでください】

3)
 コンビニへ弁当を買いに出たとき、2軒隣のおばさんが声を掛けてきた。
「学生さん、学生さん、アンタんちの猫、お腹大きいでしょ」
3日前から、鉄製の小さな門に『迷い猫探しています』という写真付きの看板が付いている家のおばさんだ。最初見たとき、モモだったらどうしようと思ったのだが、白に茶色のブチがある猫の写真だった。
「実は、さっき産んだんです」
「あー、やっぱり。困ったわね」
言われて気づいた。確かに4匹も飼い続けるわけにはいかない。もっと増える可能性だってあるのだ。
「あの、猫ちゃん、いなくなったんですか?」
「そうなのよ、5日前から帰ってこないの。アンタんちの三毛ちゃんとも仲が良かったのよ」と言うと、すぐに
「あ、ウチの子、男の子だけど、ちゃんと去勢してるから、違うわよ」と付け加えた。

 それからおばさんは、2ヶ月は仕方がないからちゃんと面倒を見て、飼ってくれるひとを探すこと、そしてそれが済んだら、モモの避妊手術をしたほうがいいと言った。
「避妊はかわいそうな気もするけれど、そうしたほうが猫にとっても負担にならないし、長生きするんだからね」そう教えてくれた。
そして、最後に、
「そうね、2ヶ月して、ウチのが帰ってこなかったら、1匹もらってあげる」
そう言って笑った。少し寂しそうな顔だったけれど。

 残り2匹の行き先もすぐに決まった。我が友たち、柔道を愛する本物の男は猫好きが多いのだ。3匹の子供たちとの別れは自分にとっても、もちろんモモには、とても寂しく辛いものだったが、私たちの愛は短期間で乗り越えるのに充分だった。
一時は母親の貫禄を漂わせていたモモだったけれど、しなやかで若々しい美しさを取り戻していた。

(続く)



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2008年4月 8日 (火)

モモ2-02

Momo01
【このお話は続きです。初めての方は「猫岳1-01」から読んでください】

2)
 5月19日、とんでもないことが起こった。その日はボクシング記念日だったので19日で間違いない。尊敬する白井義男が日本人で始めてチャンピオンになった日だ。モモの浮気が発覚したのである。子猫を3匹産んだのだ。もちろん自分に覚えは無い。

 その日、授業は午前中だけで練習も無かったので、12時半頃帰宅した。いつものようにバイクの上で「おかえり」と言ったモモだったが、部屋に入ってから、どうも様子が違う。いつになくぐるぐると部屋の中を歩き回って、やみくもににゃぁにゃぁと鳴く。
やがて自分が脱ぎ捨てたTシャツの上で落ち着くと、お尻のあたりをやたらと舐め始めた。
その時、自分はようやく気付いた。家に来てからずいぶんと早く太るなあと思っていたのだが、そうではなかったのだ。慌てて田舎のお袋が野菜などを送ってきたダンボール箱を引っ張り出して古いタオルを敷きモモの横に置いた。
素直に入ったモモは自分を見つめて、少し辛そうな顔をした。
「ごめんなさいね、でもアタシには貴方しか頼るひとがいないの」そう言っているように見えた。
初めての経験だった。モモは自分の顔をずっと見つめていたが、
「にゃ」と鳴いて1匹めの子猫を産むと、すぐにぺろぺろと後始末をする。
相手が猫だとはいえ、面白くない気持ちがしていたのだが、その神々しい様子に接したら、そんなことはすぐに忘れて「がんばれモモ」と、彼女の頭と背中をやさしく撫でていた。
モモは、白黒の猫2匹と白に三毛のブチがある子猫を1匹産んだ。
それが始めての出産だったのか、何度目かなのかは分からないけれど、やり方は全て知っているというように、モモは3匹の子猫の体を丹念に丹念に舐めて、お乳を与えるためにゆったりと横になった。
子猫たちは、まだ目を閉じたままだが、4本の足と尻尾をプルプル震わせながら、必死で歩きモモのお乳を探りあてると不器用にではあるけれど、しっかりと咥えて静かに飲み始めた。
ちょっと複雑な気もしないではなかったが、この日にモモと自分は本当の絆で結ばれたなと思った。

(続く)



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2008年4月 7日 (月)

モモ2-01

Cat046
【このお話は続きです。初めての方は「猫岳1-01」から読んでください】

第2章 モモ

1)
 こんなに辛いとは思わなかった。
誰もいないのを幸い、ひとりぼっちのアパートで泣いた。号泣した。慟哭した。
自分は柔道部元主将の大学4年生で、強面で通っている。1年生の秋に祖父が亡くなった時には涙が出なかった。なのに、この寂しさは何なのだろう。

 毎日、柔道部の練習から帰ると、モモは自分のバイクの上で待っていた。シートにぺったりとお腹をつけて、そして自分の姿が見えると、上目遣いに、「おかえり」と、鳴いた。
昼間はどこか他のところで遊んでいるのだろうけれど、夜の間一緒に過ごして、朝出かけるときには、バイクに飛び乗って、
「これに乗って、どこかに連れて行ってよ」というように、にゃぁと鳴いた。

 妙な言い方だが、軟弱な男など男ではないと思っている。ナンパなどしたことがない。本物の男には女の方から寄ってくるのだと信じている。未だに彼女がいないのは見る目がある女性がいないだけなのだ。
猫は本能で生きているので本物の男を見る目があった。2年生になって柔道部の新入生歓迎コンパでしこたま飲んだ帰り、その美しい三毛猫に出会った。
飲みすぎて道端に座り込んでいた自分に、
「大丈夫?」と、膝にすりすりしてきた。
桃の木の下で、ピンク色の花びらがひらひらと散って、上目遣いに自分を見る猫の顔に降りかかった。モモと名づけた。

 女に甘い顔などしたことはないが、猫には弱い。白状しておく。

 モモはアパートまでついて来た。かなり酔っ払っていたので、すぐに寝てしまったが、朝起きるとモモがいた。会ったその日に男の部屋に泊まる女などとんでもないが、猫だからいいのだ。いや、自分とモモは運命の糸で結ばれていたのだから、あたりまえなのだ。
その日からモモとの生活が始まった。

(続く)

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2008年4月 1日 (火)

猫岳1-08

Ebi113
【このお話は続きです。初めての方は「猫岳1-01」から読んでください】

8)選択

 3匹が王様のところへ行くと、
「実はな、お前たち3匹にはお願いがあるのじゃ」と、言いました。
「修行の様子は見せてもらった。お前たち3匹にはリーダーの素質があると思うのじゃ。そこで、お前たちのだれかに猫の国の王様になってほしいのじゃ」
ハヤテがびっくりしたような顔で
「王様って、あなたじゃないんですか?」聞くと
「いかにもワシが猫の国の王じゃ。ワシはもう60年も王様をやっているのだが、実はな、ワシがひとの世界にいた時に一緒に暮らしていた女の子がおってな、その子が小学校6年生の時にワシは死んでしまった……」
王様は懐かしそうに話し出しました。
「それから60年、その女の子はやがて大人になり、幸せな人生を過ごしていたんじゃが、先日、旦那さんが亡くなってな、寂しい一人暮らしになってしもうた。ワシはそこへ行きたいのじゃ」

ハヤテはしみじみした顔で聞いていましたが
「王様が戻りたいように……僕は、すぐにでも戻りたいんです」
「うむ、そうか」
王様が頷くと、ノラックが
「俺は人間なんて嫌いだから、元々猫の国に行くつもりだったし、でも、俺に王様なんて出来るのか?」
王様は言いました。
「そうじゃな、ノラック。ここに修行に来る猫はいろいろじゃ。人間が好きで、戻りたいと考えている猫もたくさんいる。そういう猫たちの気持ちも分かるようにならないといけないな」そして、
「えびまる、お前はどうじゃ?」と聞きました。
「王様って、おいしいもの食べられるぅ?」
ハヤテとノラックは吉本新喜劇のようにズルっとこけて見せました。
「食えるとも」王様が答えると、
「じゃぁ、王様やる」えびまるが簡単に言うと、ハヤテが慌てて、
「えびまる、おまえ、帰らなくていいのか?」と聞きました。
するとえびまるは、ノラックに向かって、

「なあ、ノラック。ボクの変わりに、ボクのひとパパとひとママのところへ行ってみなよ。そしたらノラックもきっと、人間ってのもそう悪いヤツばかりじゃないって分かる」
ノラックが黙っていると、
「でもさぁ、もう一回死んじゃったら、交代してね。その頃はひとパパもひとママも老いぼれてるから、ボクが行ってやんなきゃだから」
そう言って、えびまるがにっこりと笑うと、ノラックは
「えびまるがそう言うんなら、ちょっと怖いけど、行ってみるよ」

「よし、決まりじゃ。今から猫の国の王はえびまるじゃ。楽しそうな猫の国になりそうじゃな。はっはっはっは」
そう言うと王様は王冠をえびまるの頭にかぶせて、
「それでは行ってきま~す。さあ、ハヤテ、ノラック、一緒に行こう」
嬉しそうに手続き所に向かって走って行きました。

「えびまる猫王様、ご即位~」
3匹の猫が大きな声で叫びました。

「腹減ったよぅ」
えびまる王、最初の言葉です。

第一章 『猫岳』  終

第二章 『モモ』に続きます。 (ちょっとお休みしてからです)

    [写真は“お腹減ったよぅ”のえびまる]

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猫岳1-07

Cat041
【このお話は続きです。初めての方は「猫岳1-01」から読んでください】

7)猫王

「やあ、みんなよくやったな」
そう言うと猫の王様はニコニコして猫たちを見回しました。
「これで修行は終わりじゃ。既に知っている者もいるじゃろうが、元の世界に戻るか、猫の国へ行くか、後はその手続きをするだけじゃ。みんな、おめでとう」

「元の世界へ帰りたい方はこちらの赤のドア、猫の国へ行きたい方はそちらの青いドアです」
係員猫が説明しだすやいなや、ものすごいスピードで赤いドアを走り抜けて行った猫がいます。
なんと、あのすましやでのんびり猫のモモです。
まるで人が変わった……いいえ、猫が変わったようなダッシュでした。

「うひゃぁ、すましてて嫌なやつだと思ってたけど、よっぽど好きなひとがいて早く帰りたかったんだな……」
ハヤテが言うと、ノラックは
「変なヤツ、あんなにいい女なのに人間に首ったけなんて信じらんねえな」と呟きました。

ハヤテがレオに、
「さぁ、行こうか」と言うと、レオは
「僕も帰りたいんですけど、ちょっと考えたんです。僕は皆さんに助けられてここまで来れたけれど、弱虫は治ってないから、猫かご屋さんで体を鍛えたり、修行場の係員をして、えびまるさんやハヤテさんやノラックさんみたいな、立派な猫さんをたくさん見て勉強してから帰ることにしようと思うんです」

猫たちがぞろぞろと動き出すと、王様が
「あー、えびまると、ハヤテとノラックはちょっと残ってくれたまえ」と言いました。

ハヤテが
「うわ、ズルしたの怒られるのかな? 僕、帰れないのかな?」
心配そうです。
「みんな合格だって言ったじゃん。大丈夫大丈夫」
ノラックが言います。
「腹へったようぅ」えびまるは何も考えていない様子です。

(続く)       [写真はレオのイメージです]

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2008年3月31日 (月)

猫岳1-06

Ebi112
【このお話は続きです。初めての方は「猫岳1-01」から読んでください】

6)犬との戦い

『犬修行場』という看板が見えてきました。
犬という字を見ただけで、ざわざわと怖がる声が広がりました。
「ん、大きい修行場なのだな」と、えびまる。
「バカ、犬だイヌ」ハヤテが呆れた顔でえびまるを見ると、
「イヌってなぁに?」
ノラックは頭をかかえて座り込んでしまいました。

丸い大きな部屋に入ると、係員の説明が始まりました。
「えー、我ら猫たるもの。トラやライオンの仲間であります。犬などを恐れてはならないのであります」コホンと咳をし、
「しかし、まあ、1対1ではやはり犬の方が強いのは仕方がないことですね。ですから今回は団体戦であります。みなさん力を合せて戦ってください」
「この部屋には10のドアがあります。これらのドアのどこかから犬が出てきますよ」
そう言うと係員は出ていってしまいました。

しばらくすると、ひとつのドアが開いて、
「ワンワンワンワン」
大きな犬が駆け込んできました。
猫たちは驚いて方々へ逃げ惑います。
ぼんやりしていたえびまるに向かって犬が突進してきました。
えびまるはドスンと受け止めました。
しかし、大きなえびまるといえどもその犬はえびまるの3倍はあります。
ずるずるずる……壁まで押されてしまいました。
「うげげ、だ・誰か助けろー」
壁に押し付けられたえびまるが助けを求めますが、みんな遠巻きに見ているだけです。
「ピーーーー」笛が鳴ると犬は帰って行きました。
「一回戦終了。5分後に2回戦です。勝つまで続きますよ」
アナウンスが聞こえてきました。

ハヤテとノラックがえびまるのところへ駆け寄って、
「おい、大丈夫か? おまえ、きっとマークされてるぞ」
ハヤテが言うとノラックが
「おまえの木を倒した馬鹿力なら勝てるんじゃないのか?」聞くと
「うへへ、お腹空いちゃって力でない」と、えびまる。
情けない感じだけれど、ケガなどはしていない様子です。

「しかし、困ったな。これじゃどうにもならないぞ」
「犬に勝つなんてできるのか?」
ハヤテとノラックが相談を始めました。
「えびまるなら犬よりも強いと思ったんだけどな」

レオが小さな声で
「あの、僕、どのドアから犬が出てくるか分かります」
みんながレオを振り返ると、またびくっとします。
「僕、すごく怖がりだから、耳と鼻は普通の猫より何倍も鋭いんです。だから、さっきもあのドアから来るって分かったので、一番遠いところに逃げたんです」
「おぉぉぉ」というどよめきが起きました。でも、ノラックが
「どこから来るか分かっても、仕方ないじゃん」と言うと、それもそうだというように落胆のどよめきに変わりました。
「そんなことないわよ」のんびりした声が聞こえてきました。
みんなが振り向くと、あの美しい三毛猫でした。
「どのドアか分かれば、そのドアをみんなで力を合せて開かないように押さえればいいのよ」とあくびをしています。
「そうか、やってみよう。レオ、どのドアか分かるかい?」
ハヤテが聞くと、
「ちょっと待って……」1分ほどレオは目を閉じて集中しています。
「あそこ」レオが右手でひとつのドアを手で指し示しました。

みんなで、「腹へったよぅ」とぶつぶつ言っているえびまるを、ずるずるとそのドアの前に引きずっていきました。えびまるの背中をドアに押し付けて寝かせると、ハヤテがノラックが、お腹に背中をくっつけて順番に横になっていきます。他の猫たちも同じようにお腹と背中をくっつけて並んでいきました。

ドスン。ドアが押されました。えびまるが背中を押されて
「うひょぉ」と変な声を出しましたが、ドアは開きません。
ドスン、うひょぉ。
ドスン、ドスン、うひょぉ、うひょぉ。
何度かドアが押されましたが、開きません。とうとうドアを押す音が止まりました。

「ピーーーー」笛が鳴って、係員が入ってきました。
「みなさん、合格です」
「やったぜ」うぉーっという雄たけびが沸き起こります。
「すごいな、レオ」ハヤテがレオに言うと
「あ、でも、あの猫さんが」とレオはドアを押さえるアイデアを出した猫を見ます。
「君はだれ?」ハヤテが聞くと
「アタシはモモ」また寝ているモモはのんびりとあくびをしました。

「みなさん、合格です」係員が繰り返しました。そして、
「これで修行は終了です。みなさん、おめでとうございます。こんなに早く修行を終えたチームは初めてですよ」と付け加えました。
猫たちが歓喜の声を上げたり、落ち着こうと身づくろいをしていると、もうひとつのドアが開いて、3匹の猫がぞろぞろと入ってきて、一列に並びました。

「猫王様のおな~り~」
王冠をかぶった猫がゆっくりと入ってきました。

(続く)

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2008年3月30日 (日)

猫岳1-05

Cat039
【このお話は続きです。初めての方は「猫岳1-01」から読んでください】

5)レオ

「やっぱりお前はすごいやつだなあ、助かったよ」
ハヤテがえびまるにお礼を言いました。
「何言ってんだよぉ、今回の一番はノラックだよ。なぁ、ノラック」
えびまるは、ノラックの肩をドスンと叩きました。
「い・痛いじゃないか……。ふん、猫だって泳ぎくらい出来て当たり前だい」
ノラックは憎まれ口を言いながらもちょっと嬉しそうです。

「あ・あの……」
おずおずと声を掛けてきた猫がいます。
えびまるが大きな身体で振り返ると、その猫はびくっと驚いたように体を小さくして座り込んでしまいました。
でも、大きく息を吸ってから
「本当にみなさん、ありがとうございました」
そう言ってぺこりと頭を下げました。
「僕は、びくびくにゃんこのレオって呼ばれていたくらい、いつもびくびくしてて何にもできない弱虫なんです。でも、修行して、今度は強くてかっこいい猫になって、ひとパパやひとママやひとお姉ちゃんのところに帰りたいんです。だから、これからも、よろしくお願いします」
頑張って言えたけれど、やっぱりびくびくして上目遣いに見ています。
ハヤテが
「今までは、たまたまうまくいっただけだよ。お礼なんていらないよ」
と言うと、えびまるは
「うっはっは。ボクにまかせなさーい」なんだか威張っています。
ノラックがぼそっと
「ただのデブじゃん」
「何か言ったぁ?」
そんなやり取りを聞いて、レオもにっこり笑いました。

(続く)                 [写真はノラックのイメージです]

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2008年3月29日 (土)

猫岳1-04

Cat037
【このお話は続きです。初めての方は「猫岳1-01」から読んでください】

4)水泳修行

 2番目の修行場が見えてきました。

『水泳修行場』という看板がありました。

ハヤテが、
「うわっ、僕、水泳は苦手だ……えびまるは泳いだことある?」
「ないねえ。ふっふっふっふ」
えびまるは相変らず気楽そうです。
「飼われ猫はこれだから、しょうがないよな。俺なんて泳いで魚獲ってたんだ」
ノラックは自信がありそうです。

説明が始まりました。
「25mのプールです。向こう側まで泳いで渡って下さい。深さは2mなので大きな猫でも足は届きません」
「泳がなきゃいけないのか?」えびまるが質問しました。
係員は、えびまるを見て、はっとしたように手元の資料を見ました。問題猫として連絡が来ていたのです。係員は少し考えてから、意地悪そうに答えました。
「出来るのなら向こう側までジャンプしても、プールの底を歩いてもかまいませんよ」
にやりとえびまるを見て、
「プールはあなたが叩いても壊れたりはしませんよ」

猫はたいてい水が苦手です。
プールサイドに座って、手の先でちょんちょんと水に触ってはみるものの、誰も入る勇気はありません。
ハヤテは怖くてプールに近づくことさえできません。

ノラックが
「見本を見せてやるから、よく見てろ」言うと、
ぴょんと飛び込み、上手に犬かき……猫かきをしてすいすいと泳いでいって、向こう側に到着すると、前足でがっしとプールサイドに爪をかけてはい上がると、ぶるぶると水を飛ばして、
「ほら、簡単だぞ、みんな来いよ」と叫んでいます。

そう言われても、他の猫たちはお互いに顔を見合わせるばかり。
ハヤテがえびまるに
「おい、えびまる。今度も何かいい手を考えてくれよ」すがるように言います。
「う~む……よしっ、みんなで水を飲むのだぁ」
えびまるは右手を高く上げて叫びました。
えびまると何匹かの猫がプールサイドで、ペロペロペロ……。
ハヤテは頭をかかえて
「あぁぁ、えびまるはバカだったのか……」
ノラックが泳いで戻ってきました。えびまるがペロペロしているところまで来ると、
「おまえ、バカだろう。何百年かかっても無理だぞ」
そう言うと、えびまるの首に手をかけて、えいやっと引っ張りました。
「あわわわわわわ、ごぼごぼごぼ」
えびまるはプールに落ちてバタバタ暴れています。
「力を抜くんだ」
ノラックはそう言うと、えびまるをくるりと上向きにしました。
ぷかぷかぷかーん。
両手両足を広げて上向になったえびまるは、ぷかぷかと水に浮いています。
「やっぱりな。えびまるくらい太っていると油が多いから浮くと思ったんだ」
ノラックが笑って言いました。
「ほええええ、浮くって気持ちいいな」えびまるも笑いました。
ノラックがハヤテに声をかけます。
「おい、ハヤテ、えびまるのお腹に乗ってみな」

お腹の上にハヤテを乗せても、えびまるはぷかぷか浮いています。
ノラックがえびまるのおしりに手をあててバタ足をすると、すーと進んでいきます。
次からは、3匹づつの猫がえびまるのお腹に乗りました。
「ありがとう」
「重くない?」
「ごめんね」
猫たちは、そんな感謝の言葉を掛けながらえびまるのお腹に乗って、プールを渡って降りていきます。
最後に残ったのは、とても綺麗な三毛猫でした。のんびりした猫で、みんながわいわい騒ぎながら渡っている間中、ずっと寝ていたようです。
その三毛猫は何も言わずに、海老丸のお腹にすっと背中を伸ばした猫正座で座ると、黙って運ばれて、そして黙って降りていきました。
「なんだか、すましたやつだな」
ハヤテが機嫌悪そうに言うと
「ああいうのが、いい女ってやつなんだぞ」
ノラックは眩しそうにうしろ姿を見送りました。
「ひどいよなあ、えびまる」
ハヤテが不満そうにえびまるに同意を求めると、
「でも、じっとしていて動かなかったから、ボクはくすぐったくなかったよ」

(続く)      写真は「ハヤテ」のイメージです。

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2008年3月28日 (金)

猫岳1-03

Ebi111_2
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3)仲間たち

 木登り修行をうまいこと終えた猫たちは順路に沿って次の修行に向かってぞろぞろと歩いています。

「なあ、ハヤテ、ところでボクたちはどうして修行しなきゃならないんだ?」
そう聞くえびまるをハヤテは振り返り、
「そうか、えびまるは知らなかったのか」
「あのね、猫は死んじゃうとみんなここ、猫岳に来るんだ。そして、修行を終えると元の世界に戻るか、猫の国に行くかを決められるんだ」
「うーむ、あのね、それはどうして修行しなきゃならないかの答えじゃないぞ。木登りなんてできなくたっていいじゃないか」
「えっ? そ・そう言われればそうかもしれないけど、そういう決まりなんだ。うーん、きっと修行して立派な猫になれってことじゃないかな」
えびまるは納得できない様子だけれど、
「まあ、いいか。修行なんて、ちょちょいのちょいだもんな」
「ズルしたくせに……」
「何か言ったぁ?」
気楽そうなえびまるを見ながらハヤテは
「僕は修行を終えて、立派な猫になって、またひとママのところに戻るんだ。……でも姿かたちは変わって、生まれ変わった新しい猫になっちゃうんだけどね」
「ってことは、ハヤテのひとママはハヤテだって分からないんじゃないのか?」
「うん、そうだね。でも僕はまた戻りたいんだ。……えびまるはどするの?」
「そうだなあ、帰るかなあ、まあ居心地よかったしなあ」
「確かに、良かったんだろうなあ……」
ハヤテは、えびまるの大きなお腹をツンツンと押して納得顔です。

えびまるとハヤテの話を聞きながら、隣を歩いていた黒猫が、
「けっ」とつぶやきました。
「お前たち、人間なんて信用してんのか?」
ハヤテが
「君は誰?」と聞くと
「名前なんかねぇよ。人間には苛められた記憶しかない」
ふてくされた様子で答えました。するとえびまるが、
「そうか、のらさんだったのか。のらさんは自活してて偉いんだ。でも人間にも良いヤツはいるぞ」と言うと、
「え・偉いにきまってんだろ」褒められて戸惑っています。
「よし、君のことはノラックと呼ぶことにしよう」
「なんだよ、それ」
「のらの黒だからノラック。へへ、いい名前だなあ、うんうん」

(続く)

 


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2008年3月27日 (木)

猫岳1-02

Ebi110
【このお話は続きです。初めての方は「猫岳1-01」から読んでください】

2)木登り修行

 門をくぐると受付がありました。
「お名前は?」と聞かれたえびまるは
「せかいいちかわいいねこえびまるっ」
お腹をぶるんぶるんさせて大きな声で答えました。
あまりに大きな声に受付の猫たちがえびまるを見ると、にったらにったらと笑っています。
「それでは、ここに肉球スタンプを押してください」
えびまるはスタンプインクを右手にたっぷりと付けると、テーブルに置かれた書類にえいやっと腕を振り下ろしました。
バギッ、メリメリメリ……テーブルは真っ二つに壊れてしまいました。

最初の修行は「木登り修行」です。
大きな木があって、下の枝から1・2・3……10番の枝まであります。
「え~、10番の枝に触ったら合格です」
係員が説明しているのを大勢の猫たちが聞いています。
猫たちは順番に挑戦しますが、大抵の猫は3番か4番の枝までしか登れません。
えびまるは
「ほりゃぁ、行け行け~、落ちてももう死なないぞぉ~」
のんきに応援しています。
すると、隣にいたキジトラの精悍そうな猫が話しかけてきました。
「僕、ハヤテっていうんだけど……君はそんなに太っているのに気楽そうだね」
「ボクはえびまる。10番の枝にタッチすればいいんだろう? 簡単簡単。それよりハヤテは大丈夫かぁ?」
「うん僕は木登り得意だから」

ハヤテが呼ばれました。
ひゅんひゅんと風のように登っていきます。9番の枝から得意そうに下を見下ろしたハヤテはとんぼ返りで10番の枝に後ろ足でタッチすると、くるくると宙返りをしてしゅぱっと地面に着地しました。
「うひょぉ、すごいすごい。さすがはボクの友達だ」
えびまるは自分のことのように喜んでいます。

さあ、えびまるの番です。
「ふっふっふっふ」木を見上げてえびまるは笑っていましたが、
「えいやっ」という掛け声と共に1番の枝めがけてジャンプしました。
爪を伸ばして両手を広げて頭上でバシッっと合わせたのですが、全然届きません。
「う~む」今度は両手両足で太い幹にしがみつきました。
ズルズルズル……あっという間にお尻から落ちてきました。
「やっぱり……」
ハヤテはやれやれという顔で見ています。
「わはは、見てろよハヤテ」そう言うとえびまるは少し離れて、そして、木に向かって突進して行きます。
ドスン…メリメリメリメリメリ……。
なんと、えびまるがぶつかった衝撃で木が倒れたのです。
ズッシーン。
倒れた木の10番の枝にゆっくりと歩いていったえびまるは、あくびをしながら背中を伸ばして、左手で枝にちょんとタッチしました。

待っていた猫や失敗した猫たちが、我も我もと次々に10番の枝に触りに行きます。
係員は呆然としていましたが、もう登る木もありません。
「ぜ・全員、合格です……」

「わっはっは」
えびまるの笑い声が猫岳に響き渡りました。

(続く)

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2008年3月26日 (水)

猫岳1-01

Ebi109
 とても、本当にとても残念なことなのですが、生き物には寿命というものがあります。
人間にも、そして猫にも。

 猫は亡くなると、猫岳という山に行って修行をするのです。

 えびまるという猫も、この猫岳に行くことになりました。
これは、その時にあったお話です。

第一章 猫岳

1)猫かご屋

「兄さん、乗ってかないかい? 御代は300円」
えびまるが猫岳の頂上を見上げて、途方にくれていると猫かご屋が声をかけてきました。
えびまるは関西人と暮らしていた猫です。
「200円でどないや?」なんでも、とりあえず値切らずにはいられません。
えびまるは東京生まれの川崎育ちですが、こういう時だけは関西弁がお得なのも知っているようです。
猫かご屋というのは、人間の世界で言えば三途の川の渡しのようなもの。こんなところで値切る猫など、まずいません。
かご屋がびっくりして黙っていると、
「分かった分かった、ほな中取って250円な」
そう言うと、えびまるはうむを言わさずかごに乗り込みます。
むぎゅぎゅ……お腹がつかえます。よいしょ、とお腹のタプタプを持ち上げてなんとかかごに入ると、
「さぁ、しゅっぱーつ」かごからはみ出した尻尾をぶんぶん振って叫んでいます。
「しょうがないなぁ……」
猫のかご屋は、よいしょと持ち上げようとしましたが、担ぎ棒がぎしぎしぎしと音をたてて曲がり、かごが持ち上がりません。
「気合入れんかい、ほれほれ」
えびまるは尻尾で地面をバンバン叩いてにこにこしています。

猫のかご屋は、かごをずるずる引きずりながら、後ろ足の爪をぎゅっと地面に食い込ませて登っていきました。
「おっそいかごやのぉ……歩いたほうが早いやないかぁ。250円損したがな」
えびまるはブツブツ文句を言いながらも、降りて歩く気は全くありません。
そのうちに、ぐうぐう寝てしまい、
「ぐぉぉがぉ」とオヤジの愚痴のような寝言を言っています。

「お客さん、着きましたよ」
えびまるが目を覚ますと、『猫岳修行場』と書かれた門の前でした。
猫かご屋のふたりは、後ろ足をプルプルさせています。
「ご苦労さん、ほい300万円、釣りはいらないよ」
あっけにとられた猫かご屋を後に、えびまるはゆっくりと門をくぐって行きました。

「やったるでー」えびまるは伸びをしながら、がははと笑いました。

さて、どんな修行が待っているのでしょう?

(続く)

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